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加藤淳鍼灸院
鹿児島市東谷山1-36-1 フリーダイヤル:0120-706-219(鹿児島市外からは携帯・PHSでかけることができます。)

当院での鍼灸は“気の調節”です。 全身の気の流れを良くしていくと、気づかなかった 体の変化に気がつきます。

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理念 つづき

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理念 つづき

病院に御両親が呼ばれた。
病院は通っていた大学のある京都、実家は東京。
慌てて東京から京都にかけつけた。
息子の変わり果てた姿に声もでない母。
冷静さを失い、なにもできない歯がゆさに廊下をウロウロする父。
そんな中、追い打ちをかけるように医師から現状と展望を伝えられた。
現状をのみ込めていないまま、淡々と医師は説明を始めた。
「寝たきりは覚悟して下さい。」「すぐに家リフォームに着手した方がいい。」
言われている言葉が両親の耳を通過した。
医師から言われた言葉の意味を理解するまでに2,3日の時間を要した。

全身を強打しているので、色々な病名がついていた。
後に顔は顎から皮膚をめくり中の骨をつなぐ大手術をするほどだった。
本人が目を覚ました時は、2,3、日後のこと。
頚髄損傷(首の骨を折り中の神経を傷つけた状態)をしていたので、
ベッドの上で天井を見上げ唯一出来たことは目を動かすことだった。

ここから、本人の不屈の魂でリハビリが始まった。
(僕が不屈と思っているだけで本人は当たり前だと
 思っているかもしれません。)
といっても、全く動けないのですから、
できることはといえばイメージトレーニング。
当時はまだ、イメージトレーニングの重要性が
叫ばれている時代ではないと思いますが、
彼は運動をずっと行っていたので、
イメージトレーニングの重要性を知っていた。
看護婦さんが部屋に入ってくる時にトントントンと足音が鳴る。
この音を聞いては、足はこうやって運んだらいいんだな。
と頭の中で何度も歩く。
身体に対して外部からの何らかの刺激をした方がいいと思い、
友達の鍼灸師に頼み治療をしてもらった。

「全く痛みは感じないから、遠慮無くどこでも刺激して欲しい。」
神経の再生が可能である1ヶ月を超えた。
しかし、状況は一向に変化無かった。
そんなことは、気になることもなく、
あきらめることなくイメージトレーニングに励み
頭の中で動かすことを続けていった。

自分より年下の学校を卒業したての若い看護婦さんが
仕事だからとは思えない働きぶりで
介護をしてくれている姿を見ると、申し訳ない
という気持ちが心から身体中を駆け巡った。
こんなに一生懸命してくれているのだから、何とか
少しでも良くなって迷惑をかけたくない。
絶対に動けるようになってやる。
と介護を受けるたびに何度も思っていた。
そうして、3ヶ月が経った時、異変が起きた。

んんん?右足の親指が動いているかもしれない。

担当の理学療法士(PT)さんが来られたときに話した。
「ちょっと、足が動いているかもしれないからみて欲しい。」

PTさんは言われるがままに足先に目を向けた。

次の瞬間
「うおーーーーー。あっ足が動いたーー。」

と大声を上げて病室を駆けだして出て行ってしまった。

                     (つづく)

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